愛する神の歌

11


ひとつの罪は別の罪を誘うと、我知れり
殺人の情欲に近きは、炎の煙に近き如し (『ぺリクリーズ』)



…そう、っていう名前、でした」

掠れた、嗚咽のような声。


が、従姉のところに遊びに来てたとき、

従姉が僕の教室に出てくるのに、くっついてきたんです。

従姉は11か12でした」

入り口で、煩がる従姉に、家に戻れと叱られて

泣きべそをかいているところに

来合わせた八戒は、おとなしくしていれば、

教室に座っていてもいい、と入れてやった。

踏み台を椅子の代りにして、

そこらへんにあった紙をクレヨンを渡すと、

従姉の机の端で嬉しそうにしきりに何か書いていた。

隣の席の子が覗いて、「それなあに?」と囁くと、

「ごのうせんせい!」と大声で答え、教室中が笑ったという。

「静かにしてなきゃ駄目でしょ」

と、たしなめついでに覗き込んだ八戒も笑った。

「…こんな、ヘタクソな僕の顔…しかも

のところからは斜め横にしか見えないから、

すごいガチャガチャの顔でね」

…そして、その日に限って、寝過ごして、直せないままだった寝癖を、

しっかり描いてあった。

「人間だった頃は、もう少し髪も硬くて、よく寝癖ついたんです」

八戒はその絵を家に持って帰って、かなんに見せた。

かなんも涙が出る程笑ったという。


「…僕らの暮しって、こんなことは長く続かないだろう、

って、お互い言わなくても判ってるものだったから。

その時いくらか安定してるようでも、

段々気持ちが沈んでくるのは止められなかった。

…あんな形でなんてことまでは判らなかったんですけど」

テーブルに置いた拳が白くなった。

…多分、こいつも姉貴も、未来なんて信じてなかった。

でも暗黙の了解で、けりをつけるのは自分達だと決めていたのだ。

子供という枷を逃れたあと、この姉弟は、

色々な障害を力ずくで押しのけても自分達の欲しかったものを手に入れた。

そして運命の環の終わりまで自分達の思うように

廻しきるつもりだったに違いない。

「あんなに屈託無く笑ったの久しぶりで、僕ら二人とも、嬉しかった」

明日はどうしても早起きしなきゃね、とかなんはからかい、

笑いながらベッドに入って、ふざけ合った。


「…次の日でした。かなんが連れていかれたのは。

は、僕らの最後の夜、かなんを笑顔にしてくれたんです。

…だのに、僕は彼女の親を…

隣村から来ていただけで、関わりも無かったのに…!」

拳がテーブルに振り下ろされた拍子に、

端にあった湯呑が落ち、ガシャンと割れた。

その音でスイッチが入ったように、

八戒は大股にの部屋に入っていく。

俺は慌てて後に続いた。

さっきの音のせいだろう、はベッドで起き上がり、

まだ眠そうな眸でぼんやりとこっちを見た。

八戒は、低いベッドの傍らに膝をついて、細い肩を掴み、揺さぶった。


!僕を見て!僕が悟能先生なんだよ!

僕があなたの家族を殺した!従姉も皆…

あなたが辛い目にあったのは全部僕のせいなんだ。

は悪くない、は僕よりずっと、世の中で生きていていい人間だよ、

はいい子だから。は何も、悪いことをしてない。

だから、…だから、目を覚まして下さい、生き返って下さい、お願いだから!」